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vol.7【ゆめ・まちヒアリング】阪神文化財建造物研究会

みなさん、こんにちは!

少し間が空きましたが、引き続きゆめ・まちソーシャルラボで
12/1(水)に実施したゆめ·まちヒアリング(公開取材)の様子をご報告

 

【ゆめ・まちソーシャルラボVol.7】

NPO法人 阪神文化財建造物研究会さんへのヒアリング

 
――本日のゲストは、阪神文化財建造物研究会の代表理事である山崎さん、そして、藤井さん、稲毛さんです。よろしくお願いします。

 

――建築の世界には、いろいろな専門のお仕事がありますが、
  皆さんはどのような専門をお持ちなのですか?

 

山崎さん
わたしの仕事は施工...つまり大工ですね。

そして、藤井さんは建物を建てるときの大本になる図面をつくる設計を、
稲毛さんは建物の強さについて詳しい構造を担当しています。

 

 

――阪神文化財建造物研究会を設立したのは、阪神淡路大震災がきっかけだったと
お伺いしたのですが、まず最初はみなさんの団体設立以前の話をお聞きしたいと思います。

 

山崎さん
私は、もともとは大手ゼネコンで現場統括をしていたのですが、

当時...つまり、1995年の1月。六甲の現場で仕事をしているときに阪神大震災が発生したので、とてもよく覚えています。六甲といえば、三宮からすぐの距離。もちろん、六甲でも多くの被害がありましたが、私はすぐ、復旧活動のため三宮に向かいました。

ただ、電車も止まっていましたし、道もメチャクチャな状態でしたので、チャリンコで三宮まで行きましたよ。
そうしたらね、自分たちが今まで一生懸命作った建物が崩れていたのですよ。
木造の建物などは、ペシャンコになってしまった...。

その後も震災復旧の仕事に携わっていたのですが、そんな時、「木造建築を復元してください」という依頼が来たのです。その建物は、震災で大きな被害にあってしまった重要文化財。実は、ここだけの話、僕自身、仕事の中ではコンクリートばっかり扱っていて、木造建築をしてなかった...。

でも、神戸全体が困り果てていたし、「これは、やらねばならん!」と、半ばやけくそで勉強をして、棟梁と何度も議論をしながら取り組んだのですよ(笑)ただ、やっぱり重要文化財はちゃんと設計図が残っていて、「ほぞ」や「継ぎ」など、色々な組み立て方を聞いて、触っているうちに、面白くなってきてね。だんだん、文化財にはまってしまった。

そうしたら、今度は新たに3つ文化財の仕事が舞い込みまして、もう大変!
どうにかこうにか、修復に取り組んでいく中で、偶然ですが「ヘリテージマネージャー」という資格講座の存在を知ったのです。

これは、兵庫県の教育委員会と建築士会が主催をしているもので、僕自身も重要文化財への興味が高くなっていたところだったので、「そんなのがあるのや!?」と思い、応募することにしました。

 

 

――藤井さんはいかがですか?

 

藤井さん
大学を卒業してから設計事務所に勤めていたんですが、震災の時分には自分で事務所を立ち上げて仕事をしていました。

山崎さんが話をされた「ヘリテージマネージャー」は、震災から3年後くらいに県教育委員会が音頭を取ってやりはじめたもので、当時はまだ何も整備されていない状態でした。行政が把握している建物は助けに行くんですけども、指定されていない文化財には全く助けがないんです。

例えば、ちょっと手を入れたら治るような建物であったとしても、解体費用の補助が出ていたこともあって、価値ある建物がどんどん解体されていってしまったんです。それって、とってももったいないことでしょう?

そんな声もあって、民間であり、さらに文化財のことをある程度わかる人を育てるため、「ヘリテージマネージャー」の養成が資格講座という形ではじまったんですよ。資格講座募集の初回に意気揚々と申し込んでみたのですが、なんといっても競争倍率が激しくって。震災後の社会的活動の高まりもありましてね。それで、残念ながら外れてしまって、しばらく放置していたんですけど、結果的に7年後に申込みをして8期生として活動をすることになりました。「ヘリテージマネージャー」の募集は2年に1回で、現在、400人くらいが所属しています。

地域での活動に取り組んでいく中で、「それぞれの地域でまとまろう!阪神間で集まろう!」という呼びかけが起こり、山崎さんと知り合ったんです。当時は個人の集まりだったので、ボランティア活動くらいはできるが、それ以上の応援ができない。もし、きちんとした組織があったとしたら、契約や助成金の申請もできる...、との思いで、団体を設立することになりました。

 

 

――「ヘリテージマネージャー」って、どんなことをしているんですか?

簡単に言うと、行政だけでは手が回らない歴史的な建造物を、民間として代わりに調査し、
登録文化財として保存・保護していくための人たちですね。

 

 


――稲毛さんにもお話をお聞きしたいのですが...。

 

稲毛さん
当時は、役所に務めていました。

学校の建設や住宅を建てる仕事なんかをしていて、皆さんが知っている場所でいえば布引(ぬのびき)公園の100周年事業も担当していました。
あと、北野の風見鶏の館が、民間所有から重要建築物に認定されたときも担当だったんですよ。
現代的に作り直されてしまった塀を、歴史的な写真を見ながら再現したりとか、すでに和室に改造されてしまった部屋の畳をはがすと現れる古い様式の痕跡をもとに作り直すとか。

皆さんがお話されるように、震災でたくさんの家が潰れてしまいました。
当時は、木造住宅が圧倒的に多くて、震災で倒壊したり、燃えてしまったり。
実は、あの震災で息子を亡くしているんです。自宅が木造住宅で倒れてしまい、息子が倒壊住宅の下敷きで...。
もし、いつか同じような大きな地震が起こってしまった時に同じ思いをする方が一人でも減るようにと、木造の耐震改修の本も出しました。建物の一番弱いところを強くすることで、木造でも震度7にも耐えられる家にできるということを伝えています。私もヘリテージマネージャー6期生。山崎さんから声をかけていただいて参加しました。

 

 

DSC_3337.JPG
――建築に興味を持たれたきっかけを教えて下さい?

 

山崎さん
もう、かなり昔のお話ですけどね、高校生の頃、美術部に所属をしていて、キャプテンだったのです。
進路担当の先生からは、「美大にするか?」と言われたのだけど、就職先がとても心配で、
結果的に図面を描くということで絵と少し関係ある建築の勉強をすることにしました。

 

藤井さん
僕も絵を描くのが好きでしたね。
我々の年代は戦後ベビーブームの世代で、大学に入学する時期が高度成長期の真っ只中。
当時は理工系が人気で、進学する学生たちも7割くらいが理系でした。
中でも建築は、特に人気がありました。建築と絵は結構結びつきが強くて、授業でもデッサンは必須ですしね。
まぁ、建物そのものも好きやったんです。当時の建築の人は、なんやかんや絵が描ける人が多いですからね。
今でも配置計画とかやるんですけど、そのときに絵が求められるんですよ。

 

 

――大阪にも神戸にも、明治・大正・昭和の建築物がたくさん残っていますが、今でいう歴史的な建築物はどのような流れで建てられていったのですか?
 
山崎さん
遡れば古い話で、東京近郊で関東大震災が起こり、当時の会社も有名な建築家も、みんな大阪に避難してきたのです。
だからね、当時は大阪が特に大きな力を持っていたのですよ。
ある特定の時代に大阪にお金が集まり、今でいう歴史的な建造物が次々に建てられるようになったのです。
 

 

――さまざまな歴史的建造物がありますが、今の時代のなかで、どう生かしていけばいいものでしょうか?
 
稲毛さん
それを即答できればいいでんすけどね(笑)。
今、残っている歴史的な建造物にも、実はいろいろな事情があるんです。
 
例えば、住む人がいなかったり、半分は売ってしまっていたり...とかね。
実は困っている人も少なくないんですよ。

私たちは「ヘリテージマネージャー」として、建物の所有者やご家族たちと、この建物をどうやって残し、
どう未来につなげていくかを一緒に考えていくんです。

 

山崎さん
最初はね、みんな、よそよそしいのです。
でも、少しずつ心が近づいていって、2回目に訪問をした時には、お菓子を出してもらえるようになり(笑)。
時間をかけて心を通わせている中で、それぞれが「家」のことを相談してくれるようになっていきますね。
いわゆる親しい関係になっていくのです。
 
最近はもう一歩近づいて、所有者の「友の会」を作れないかと動きはじめています。
所有者だけでなく、建物を守りたいご近所の方、建築ファンなどみんなで応援できないかと、
サポーターの輪を広げようとしているところです。

 

藤井さん
その他にも、西宮市と一緒に、建造物サポーターの養成を進めています。
建物は地域にあるものだからこそ、地域で暮らす市民を巻き込んでいった方がいいということで、
定期的に講座を開いて活動を周知しているんです。
 
この取組みは、行政からもある程度評価を得ていまして、今年からは西宮の他に尼崎でも実施できるようになりました。
その他にも、川西や伊丹でも始められないかと声をかけているところなんですよ。
最近では、一回の講座に20人くらいの方が来てくれるんです。

 

 

――全くの素人の質問で申し訳ないのですが、建築に詳しくない私たちでも楽しめる方法を教えてください。
 

藤井さん
まず、建造物があるところまで足を運んで、興味を持つことからはじめてほしいなぁ。
例えば、構造的なおもしろさ、芸術的な美しさ、あとは歴史の古さとか、
たくさん魅力を感じるポイントはあるけれど、難しいことを考えずに建物を眺めて、
自分が「いい!」と感じるところを見つけてもらえたらいいなと思いますね。
我々も専門家として、たくさんの方が建築を楽しんでもらえるためのサポートをしていくつもりです。
だって、建物の魅力を感じてもらうためには、魅力的に思ってもらえる建物を残していくことが大切ですもんね。

 

山崎さん
歴史的建造物を所有している人たちも、みんな、建物に何らかの魅力を感じているものなのですよ。
最初に訪問するときは、そうやってね、建物を褒めていく(笑)。
なんたって、所有者さんも自分たちが持っている建物を褒めてもらったらうれしいしね。

 

藤井さん
どれほど素晴らしい建物を所有していたとしても、所有者自身がその建物の文化的なスゴさを
きちんと認識しているわけではないんです。
元々、興味がないという場合もあるし、調べ方がわからない場合もあるし、
そのあたりも詳しく知っていただけるように丁寧に伝えるようにしています。
 
でも、悲しいことに、所有者によっては、「もうそんなでかい家は、いらん!」とかで、
住む人がだんだんいなくなり、潰されてしまってマンションになることも少なくない。
息子さんや娘さんが「残されたこの場所には、価値がある!」って心から思ってもらえると、残すことができるんです。

 

 

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――団体を作ったあと、どういう風に活動が広がっていったのですか?同じ意思を持った仲間を集めたのですか?

 
山崎さん
まず、登録文化財の保存ホームドクター制度を立ち上げました。
そして、登録文化財ホームドクターマニュアルをつくりました。
これはね、行政に声かけしていただいた時、歴史的建造物の調査に行く前に、まずはカルテを作ろう!となったのがキッカケでして。
専門家が集まって、カルテの中に写真や詳しい内容を記入していくのです。
完成したカルテを所有者にお渡しをすると、所有者の方も深く理解をしてくださって、とても効果がありました。
最初の2年は文化庁から助成が出たのですが、今は助成金ではなくボランティアとして継続しています。
年に一回は、2~3人でお家に訪問をして、現在の状況を見させていただくんです。
 
そこで例えば、屋根が腐りかけている...などの今後維持をしていくために必要なコメントをまとめます。
もちろん、修繕をするかしないかは、所有者が判断をするのですが、とにかくアドバイスをしてカルテを渡す。
そうして、毎年の履歴がわかるようにしているのです。

 

 

――歴史的な建築物の保存や復旧をする際、当時の木材や資材が無い...とか、変わってしまっていることもあると思うのですが...。
 

山崎さん
歴史的な建造物を扱う際は、現状保存と現状維持を念頭に置いてやっていますね。
変えないようにできるものは、できるだけ現状維持していこうと。

 

稲毛さん
基本的には残せるものは残しますね。
耐震強度とかは今の基準に合わせないとどうしようもないから、現状変更が必要になったりもするんですけどね。

 

山崎さん
例えば、酒屋の町家を再建した時には、液状化を防ぐために処理したり、新たに2本の柱をつけて煙突補強をしたり。大きく変えていくのではなく、どういう風に現状を残していけるかを考えるのです。
 
対して、ヨーロッパにも歴史的建物をありますよね。お金持ちはみんな、数百年も続く建物を改修して優雅に過ごしているのです。その点、日本は遅れていますね。もう少し「優雅に残す」という考え方が広がればいいのですが...。もともと日本は、耐震に強く免震構造なのですよ。木材ってね、古いほど強い。雨に濡れなかったら、古ければ古いほど、どんどん強くなっていきます。茅葺きなんかは囲炉裏があるし、茅に虫もつかないし、木材が乾いていくので、どんどん良くなっていくのですよ。
 
あと、神社とか寺は、木材同士を差し込んで、摩擦の力で強度を持たせようという構造をしているのです。
ただ、震度7では壊れてしまう。神社はあえて弱く作っているのです。
記憶にある方も多いと思いますが、阪神大震災で生田神社はペシャンコになってしまいました。弱いからこそ、作っては建て替えることを選択する。当時の技術では、おそらく強度を上げることは出来なかったのかもしれないけど、伊勢神宮あたりでは地震があるから、主な建物は震度5では耐えられるが、震度7は耐えられないような感じの基準にしていたようなのです。もちろん、最新のものは、震度7でも耐えられるように作られています。
 

 

――今後、それぞれに取り組んでみたいことはありますか?
 

稲毛さん
耐震改修工法を広げていきたいですね。余りお金がかからずに地震に強い建築にする方法なんです。
15年前にできたんですが、なかなか広がっていかない現状がある。
だからこそ、少しずつでもいいので伝えていきたいなぁと思っています。

 

藤井さん
私は、知られていない「良い建物」もまだまだあるから、未来に継承していけるようにしたいですね。

 
山崎さん
孫をもっとかわいがりたいです(笑)孫は2歳になって、超かわいい!...というのは冗談で、
75歳でぼちぼち団体を次の世代に繋げていけるような動きをはじめていきたいです。

 

 

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【編集後記】大正時代や昭和初期の建物に興味を持ったのは、大人になってから。
でも、建築の詳しい知識がまったく無いので、不思議な建物のカタチだなとか、
階段がレトロでカワイイなとか、古いガラスがオシャレだなとか。
その楽しさの一部しか、感じることができませんでした。
 

今回、歴史的な建造物のプロフェッショナルたちからお話をお聞きして、
関東大震災、阪神・淡路大震災などの大きな自然災害が、私たちが暮らす町に今でも残っている建物に
こんなにも大きな影響を及ぼしていたことを初めて知りました。
そして、今の時代の中で残された建物が消えてしまうものも少なくないことにも気付かされました。
全ては、残された私たちが「価値がある!」と感じ、言葉にすること。
それこそが、古き良きものを未来に残すための、唯一の鍵なのだと教えていただきました。
 
まずは、今週末にでも近くにある歴史的な建物に足を運んでみたいと思います。

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