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vol.19【ゆめ・まちヒアリング】にほんごサポートひまわり会

こんにちは!ゆめまちこです

今回ご紹介するのは2018年5/23 (水)に実施したゆめ·まちヒアリングの内容です
 

【ゆめ・まちソーシャルラボVol.19】 
にほんごサポートひまわり会へのヒアリング

――団体の活動について簡単にご紹介ください。   

大阪市平野区で、外国から来た方たちのための日本語教室を開いています。
「大人の方のための日本語教室」、お母さんとこどもを中心とした、「子育て日本語サロン」、小中学生、高校生への日本語と教科学習支援を中心とした「宿題教室」、そして学校へこちらから日本語教室の出前に行く「学びのサポート」の4本の柱で活動しています。    

 

――団体サポートの対象となる国は、中国が多いのでしょうか?   

平野区という地域性もあり、最初は中国の方が90%以上だったんですが、だんだん時代とともに変化し、今はベトナムからの実習生の方が半分くらいですね。 
平野で最も多いのは、在日コリアンの方々ですが、日本に来られて長いため、日本語で困っている方はそれほど多くありません。
最近、日本に来られた方でいえば、中国、ベトナム、フィリピン、ブラジル、タイ...という方々が多くなっています。   

 

――それぞれの活動を、もう少し詳しく教えてくださいませんか?   
「子育て日本語サロン」は、毎週土曜日の朝10時から12時まで開いています。
子育て時期のお母さんにとって、日本語の勉強はとても大切。
でも、こどもを連れて行くことができる日本語教室は多くありません。
「こどもは連れてこないで」とか「連れてきてもいいけど、お母さんが自分で面倒をみてね」と言われるそうです。
だから、私たちの「子育て日本語サロン」では、子育て中のお母さんがこどもと一緒に来ることができるようにして、お母さんは日本語の勉強、こどもは勉強を見てほしい子は見るし、遊びたい子は遊ぶし(笑)。

もっと小さな子には、保育をしています。 
最初は夜の「日本語教室」だけだったんですが、お母さんたちから、「夜はこども連れで行きにくい」という声があり、それをきっかけにスタートしました。
繰り返しになりますが、子育て中のお母さんって、一番日本語が必要な時期じゃないですか...
だって、日本語学校で学んだとしても、授業や教科書、ふつうの辞書には「子育て」に関する言葉、たとえば「ヒブワクチン」は出てきません。
だから、「子育て日本語サロン」のような気軽に何でも尋ねられる場が必要なんです。
 

――ひまわり会さんのような団体に出会えなかったお母さんたちは、
子育て中の日本語がよくわからない中で、どうしていたんでしょうか?
例えば、区役所に行けば、教えてもらえたのでしょうか?   

よくわからないままワクチン接種などをされている人もおられると思います。
役所から「ワクチン接種を受けなさい」と言われるから受けているだけで、中身についてはよくわかっていない人もいらっしゃるかもしれませんね。
今は任意接種が多いので、受けたほうがいいのか、受けなくていいのか悩んでおられる方も多いと思います。
 

――以前お話をうかがった時、一人のおばあちゃんが中国から来られた際、親戚一同で80人が来日する、という話をお聞きして、すごくびっくりしました。

それは、中国帰国者のお話ですね。戦前に中国に行っておられて、終戦後日本に帰ることができず、中国に取り残された方々がおられます。
そのような方を「中国残留邦人」と言います。そして、長い年月が経ち、日中の国交が正常化してやっと日本に帰って来られた方を「中国帰国者」と言います。   
中国で暮らしている間に、現地の方と結婚され、日本へ一族で帰国するというケースが多いようです。   
 

――中国帰国者の方が日本に帰ってこられる時は、おいくつくらいになっておられるケースが多かったのでしょうか。   

私が最初に出会ったころは、40代後半から50代といった感じでした。
その方たちが、配偶者とこどもを連れて帰国されるのですが、ご本人も配偶者もこどもも日本語はできなかったです。     
 

――多国籍ルーツの人々を応援している方って、学校関係の方が多いイメージがあったのですが、斎藤さんの前職はなんと、公務員だったんですね!    

そうなんです。市役所の職員でした。その頃、中国残留邦人の方々が、帰国して県営住宅に定住されました。
でも、日本語ができなくて困っていたり、地域でうまくなじめないということがあったので、地域の方々が「中国帰国者のための日本語教室」を開いて、中学校の元校長先生で中国語ができる方が、日本語を教えるボランティアをしておられました。
私はその先生と知り合いだったので、「手伝いましょうか?」と声をかけたところ、「ほんなら、来て」ということになったんです。
土曜日とか休みの日を利用して手伝いに行っていました。    
 

――その頃はまだ中国語もご堪能ではないと思うのですが、リアルな中国語というのはどういう感覚でしたか。   

中国語は、大学で第2外国語で取っていた程度で、聞くのも話すのもダメでした。
最初は本当にわからなくて(笑)。
その頃は、まだ日本語教育が今のように盛んではなくて、簡単なテキストがあるくらいだったんです。
テキストを使って、皆さん熱心に勉強して質問されるんですが、その質問の中国語が全くわからないんです。
それで、地元の中国語教室に通って勉強しました。   

教室では、皆さんからいろいろ質問が出てくるんです(笑)。
例えば、お母さんが「明日、こどもの靴を買いに行きたいんだけど、どう言ったらいいの?」とか。
その時初めて、なるほど!こういうことに困っているんだ!ということがわかりました。
「これはえんぴつです」「これは辞書です」という教科書の内容を超えた、もっと生活に密着した内容が必要だったんだ!って!

それで、どう言えばいいかを紙に書いてあげました。
「私は、こどもの靴がほしいです。○○センチです。見せてもらえますか?」っていうふうに。
その方は何回も何回も練習して帰られて、次の時にニコニコしてやってこられて、「買えた!買えた!」って、ものすごく喜んでくださいました。
私も、とても嬉しくなりました。  これって、とても大事なことなんだ、と実感したんです。   
そうしたら他の人も、「私は明日、歯医者に行くんだけど、どう言えばいい?」とか、「間違って買ったものを交換したいけど、どうしたらいい?」など、その都度その都度、書いてあげていたんです。そうしたらそのデータが、たくさん溜まってきました(笑)。 
それで、日常よく使う単語や表現をまとめた冊子を作ったところ、皆さんがとても喜んでくださいましてね。 
それが「用語集」を作ろうという原点なんです。
話せる人はそれを練習していって話せばいいし、話せない人は書き出して持っていって見せればいいし、用語集を開いて指差しで見てもらうという活用もできます。
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――そこから、斎藤さんは平野へ拠点を移されるわけなんですが、役所は...、辞められたわけですよね?   

はい。そっちの方が向いているかなぁと思ったので。
神戸では長く活動していたのですが、体調を崩したことと、家を引っ越したこともあり、後を引き受けてくださる方がいて引き継いだんです。
そして、家の近くで中国帰国者の方を支援できる所はないかと探して、平野に行き着きました。   
最初は、既存の日本語教室に参加させてもらっていました。
そこで2年くらいボランティアをしていたのですが、ある時、中国帰国者3世の配偶者の方に出会いました。
その方は、事情で中国で小学校2年生くらいまでしか学校に行けなかったそうで、中国語の読み書きが十分ではありませんでした。
ふつう、外国語を学習するときは、外国語と自分の母語を対訳にして単語帳を作っておぼえたりしますけれど、その人は母語が書けません。
「鉛筆」や「机」などであれば、絵を描いて意味を示すことができますが、「静か」とか「きれい」などは、絵で描けないのでおぼえるのにたいへん苦労しておられました。
日本語学校などで学習するのは難しいだろうし、その方の困っている姿を目の当たりにして、「じゃあ、自分が手伝おう!」と思ったんです。

そして教室を立ち上げたのですが、当初生徒は、その方一人でマンツーマンでした。
でも、平野に同じように困っている方はいるはずで、需要があるだろうと思って、最初から会館を借りてはじめたんです。
その時、相談にのってもらった人が、「いい場所がある」と会館を借りてくださったのですが、借りるのに団体の名前が必要で、「とりあえず、『ひまわり会』で申し込んどいたからね」、ということで申込書に書いてくださったのが、団体の名前の由来なんです。   
 

――そんな経緯があったんですね。最初は1人だったのに、今は、40人程度に増えているそうですね。   

学習者は、口コミでどんどん増えていきました。今はのべ人数で年間1500人ぐらいが来られています。
ボランティアは現在35人で12年以上参加してくれている人もいます。   
 

――利用される方からは費用徴収はされないという方針ですよね?会場費などについては持ち出しになりますよね。   

そうです。それで、毎年企業の助成金に応募しています。
2012年には阪急阪神ホールディングスさんからご助成いただきました。
他には寄付や、会で作った冊子の販売収益、講演などでいただいた謝礼金などを収入として活動しています。   
 

――用語集をつくるのがお好きということですが、どんなものがあるんですか?    

「生活用語集」という日中対訳で作ったシリーズがあります。
その中の「学校用語集」では、学校行事、学校で必要な道具、校長・教頭などの単語のほかに、日本の学校システムについての説明や気をつけたほうが良いことなども載せています。

例えば、日本では、先生にはわからないことは、「わからない」とはっきり言ったほうがいい、また家庭訪問の時に、先生が来るからといって餃子などの料理をたくさん作る方もいるので、そういうことはしなくていいとか。
また、お茶も飲まない先生もいるけど、飲まないからといって気にすることはない...などです。   
 

――なるほど。それは誰も教えてくれませんよね。他にはどんなものがあるのでしょうか?   

子育て用語集、医療用語集、最近では介護用語集があります。
他には、中国語の発音で日本語の漢字の読み方を調べることができるハンドブックとかも...。
すべて、「こんなのがあったらいいな」という声に応えて作ったものです。     
 

――斎藤さんが考える「母語」の大切さについて、お聞きしたいのですが、「母語」についてはどう考えておられますか?   

母語はとても大事で、家庭で母語をどのように考え、どのように教えようとされているかということが重要になると思います。
2014年に「ひまわり会」の取り組みとして、大阪大学の真嶋潤子先生に来ていただいて、外国人の保護者を対象に、「こどもの母語について考える」という内容でシンポジウムを開催しました。
先生にはやさしい日本語で話してもらって、4ヶ国語の通訳をつけました。
驚くほどたくさんの質問が出て、保護者の方の関心の高さがよくわかりましたし、すごく有意義な時間となりました。
最も大切なこととして、「こどもに母語を残したいと思うならば、お父さん・お母さんが最も得意な言語(母語)でこどもと話しなさい」ということがありました。
家では母語、外では日本語ということですね。
そうすることによって、言語が両方とも育っていくそうで、この両方とも育てる、ということが大事なんだそうです。 

両親が日本語で話すと、こどもは母語で話すことを面倒くさがるようになることがよくあります。
一方でお母さんが片言の日本語でしゃべると、こどもは「お母さん、日本語、下手や」と言って、親を馬鹿にするケースもあります。
それはこどもにとっても良くないことなので、親は母語で話すことがいいんですが、保育園や幼稚園などで母語を使うと、先生から「お母さん、日本語で話してあげないと、子どもがあとで困りますよ」と言われたという保護者もいました。
でも、それは違うということを、日本の方にもわかってもらいたいし、保護者には頑張ってこどもに母語で話し続けてもらいたいということを伝えています。   

また、二つの言語が育つには9年から10年の時間が必要だそうです。
それまでは、こどもの言葉が少ないように見えます。
すると、周りの人から、「言葉が遅いんじゃない?」ということを言われて、保護者は焦ってしまわれるんです。
私たち日本人もいろいろな観点があるということを知っておく必要があるなぁと思います。   
外国から来た人のこどもは、生まれて間もないときから日本に居れば、自然とバイリンガルになるというのは間違いで、母語のきちんとした表現や読み書きを意識的に学ぶことが必要です。
むしろ、母国で義務教育を終えて読み書きができるようになってから来日したほうが、バイリンガルになりやすいように思います。
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――母語についての具体的なエピソードを聞かせて頂けますか?   
小学生ぐらいのこどもは、家では親とある程度、母語で話せているし、学校では日本語で話しているんですけども、同じことを母語でも日本語でも話せるかというと、なかなか難しいです。
ある男の子の話なのですが、学校で、「うちの"ピンシャン"が壊れてん!」という話を友達にしたら、「ピンシャンて何?」って笑われたそうです。
家では母語で「ピンシャン」と言っているけれど、日本語では「冷蔵庫」ということを、知らなかったんです。
「誰も教えてくれなかった!」と怒っていました。 

また別の子の話で、学校の理科の授業の中で、顕微鏡を使ってプレパラートを見たのですが、それがあまりにきれいだったので、家に帰ってお母さんに、「お母さん!今日、顕微鏡でプレパラートを見たよ!」って話をするんですが、お母さんは日本語の「顕微鏡」も「プレパラート」も何のことかわからない。
「なにそれ?」とお母さんが聞いても、こどもは、学校で初めて「顕微鏡」「プレパラート」と習ったから、母語に言い換えることができないんです。
知っている言葉でなんとか説明しようとするのですが、お母さんには全く通じなくて、こどもはお母さんに話すのを諦めてしまいます。
こういうことが続くと、家のことは家でだけ、学校のことは学校でしか話さなくて、学校のことを家で話したり、家のことを外で話すということができなくなってしまいます。   
 

――そうすると、こども達はどう話そうか困りますよね?   

だんだんこども達は、話さないことが当たり前になっていき、うまく会話ができません。
例えば、「宿題やった?」「やった。」「出して?」「ない。」「どうしたん?」「家。」みたいな会話になって、「宿題はやったけど、家に忘れてきてしまった。」ということを順序立てて説明できません。
日本語でも母語でも説明できないから、もし何かトラブルがあっても、自分の情況や理由を伝えられないんです。    
 

――そういった子は、どういうサポートをすれば正しく言葉を得ることができるようになるのでしょうか?   

対話の経験が足りないので、まずは、その子が一番興味のある話を持っていくんです。
ある子は映画、ある子はアニメ、ある子はゲーム。
パンフレットなんかをたくさん持っていって、これは何?これどうなるの?どうして?とか聞いて(笑)、なんでもない話を繰り返していくことで、だんだん話ができるようになります。
いろいろな人と、いろいろなことを話すことが何よりも大切ですね。
 

――団体が設立されて15年が経過しましたが、これからのこと、なにかお考えはありますか?   

そろそろ代表を変わらないといけないかなと思い、後継ぎを探している途中です。
地域の他の団体とのかかわりを大切に考えているので、代表はやっぱりこの地域で生活している人がいいかなとも思っています。
学生さんや若い人の場合は、就職したり結婚したりで活動から離れてしまうことがあります。
ただ、期間は短くてもあちこちからいろんな世代のボランティアが来てくださるのはありがたいことだと思っています。   
 

――平野に、外国の方は増えているのでしょうか?   

増えていますね。国が外国から労働力の受け入れをしているからでしょう。
最近は特にベトナムの方が増えています。
外国の方を受け入れるのであれば、そのことに対する手当を、行政は取り組まなければならないと思います。
労働力のことだけを考えるのではなくて、その家族や特にこどものことをもっと考えてもらいたいと思います。   
 

――外国の方が生活される中で、困っていることにも共通項があるように思うのですが、斎藤さんから見て、どう思われますか?   

やっぱり「病気」にまつわることでしょうね。
それは皆さん、口を揃えて言っています。
両親が日本語を話せないときは、こどもが通訳で病院についていくことがあるんです。
「お腹が痛い」や「怪我をした」など理解してもらいやすい症状の場合は良いのですが、手術をしなければならないとき、手術の承諾書は、こどもが見てもわからないです。
こどもは承諾書の内容を翻訳して親に伝えることはできないけど、「ここに住所と名前を記載して」、と言われていることはわかります。
こどももプライドがあるので、わからないことは言わずに、「住所と名前を書いてと言っている」とだけ伝えてしまうわけです。
最も重要なことである「承諾書に書いてある内容」については伝えられていないわけですが、それってとても危ないことだと思いませんか。 
医療通訳のシステムがある地域もありますが、大阪ではごく少数の病院に限られています。   
 

――日本に来たばかりだったり、生活の中でお困りごとを抱えている方は、ひまわり会さんのような存在にどうやって出会えば良いと思われますか?   

とりあえず近所の話しやすそうな方に話しかけて、つながっていくことじゃないかなと思います(笑)。 
実際に、近所の方が「ひまわり会」を教えてくれたという方もいました。
印象的だったのは、「日本に来て、とにかく寂しかった」と言っておられた方がいたんです。
日本人の男性と結婚し、日本で暮らすことになったのだけど、毎日寂しくて、大きな公園に行って同国人らしき人を見かけるたびに声をかけて回ったそうです。
すると、偶然、話しかけた人から「ひまわり会」のことを教えてもらったと言って来られました。 
区役所に聞くのも手ですし、なんでもいいから誰かに聞いてみるということが大事だと思います。   
 

――今後やっていきたいことなどはありますか?   

今年考えているのは、「防災」ですね。
去年の10月頃、台風が2週連続で来て、大和川が氾濫するかもしれないということで何回も避難指示を告げる広報車が回ってきていました。
あとで当会の外国人学習者に聞くと、スマホにも災害メールが何回も入ったし、放送もあったけど、何のことかわからなかったと言っていました。 
ショックだったのは、当会のボランティアが避難所へ行った時の話で、外国人は誰も避難してきていなかったそうです。
避難所の責任者の方に、外国人が来たらどうするのですか?と質問したら、「そんな言葉のわからない方が来られても困るなぁ...」という反応だったそうです。
それで、今年は外国人の方にも防災のことを知ってもらうとともに、日本人にも外国人も住民として避難してくるということを意識してもらう取り組みを考えています。  
 

――苦労を続けられている中でも、そのモチベーションはどこから来るのでしょうか?   

一番最初に担当した子がすごく大変な状況にある子だったんです。
こどものクラスをはじめようと思ったのも、その子に出会ったからです。 
その子に出会ったのは、小学校2年生の時でした。
日本に来たのが小学校にあがる直前だったそうです。
中国では農村で暮らしていて、幼稚園に行っていなくて、毎日、アヒルと一緒に走り回っていたそうです。
そんな環境で育った子が、いきなり日本に連れて来られて、そのまま4月に日本の学校に1年生として入学しました。
日本語も全然できないし、集団生活を経験したことがない、数も数えられない。自分の名前も書けない。
お母さんは自分も日本語ができないし、こどものことは学校がなんとかしてくれると思って、最初の1年は学校に任せきりだったそうです。
でも、これはまずいんじゃないかと思って、2年生になるときに「ひまわり会」に連れてこられたんです。 
数が数えられるのは5まで、1年日本に居るのにひらがなも書けない。
鉛筆は折って投げる、プリントは丸めてしまう...。
とにかく、勉強が大嫌いな子だったんです。
日本語教室にも来ていましたが、最初の年の夏休みには、40日のうち30日はボランティアが学校に行って、いっしょに遊んだり、絵本を読んだりしました。
そのことがきっかけで、私たちボランティアが学校へ行って、日本語のサポートをするという取り組みをスタートさせたんです。 

でも、こどもってすごいですね。少しずつ変わってくるんです。
小学校・中学校をずっとサポートして、中学校の先生から、「高校は無理」と言われていたのですが、入試を受けて希望する高校に合格できたんです!
せっかく高校に入っても中途退学する子もいますが、その子はちゃんと卒業して、就職しました。
もう20歳、今でもたまに遊びに来ますが、その時来ているこどもたちに、「勉強せなあかんで!あとで苦労する!」って言って回っています(笑)。
その子は、中国で学校に行っていないので、家庭で話すくだけた感じの中国語しかできません。
人前で話すような中国語は知らないし、読み書きも難しいです。
でも、中国と取引のある会社に就職して、今は自主的に中国語を勉強しています!
関わって来たこども達が成長するなかで、自分の道を見つけてくれることが、とても嬉しいです。 

最初の頃、その子をなんとかしなければならないと手を伸ばして、私が手を離したらその子が溺れてしまう!という状況で必死だったんですけど、ふと、周りを見ると、あそこにもここにも、溺れそうな子がいるんですね。
伸ばす手が足りないから、助けを求めたらボランティアの仲間が集まってきてくれて。
みんなで少しずつ引っ張り上げてきた...、ずっと、そんな感覚なんです。

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編集後記: 斎藤さんが最後に話をしてくれた「あそこにもここにも、溺れそうな子がいるんです。」という言葉が、お話をお聞きした後にもずっと頭の中に残って離れませんでした。日本語ができないまま、この国で暮らすことになった大人もこどもも、きっと想像を絶するような不安を抱えながら、毎日を過ごしているはず。少し、視点を変えて当事者の気持ちに立てば、日本は決して過ごしやすいだけの国じゃないことがわかってきました。一方で、手を差し伸べられていないこども達は、まだまだ居るはずと、手を伸ばし続ける斎藤さんには、「支え続ける」熱意の手、「困りごとを探し続ける」当事者の目があり、それらは喜びで満ちていました。もし、困っている方が目の前にいたら、是非とも「にほんごサポートひまわり会」を紹介してあげてください。その時は、きっと、斎藤さんはじめひまわり会の皆さんが温かく迎えてくださるはずですから! 

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