中国人スタッフ:
韓 一瑾(かん いっきん)
日本一高い木造塔、五重の塔(ごじゅうのとう)で有名な「東寺(とうじ)」は、世界遺産にも登録された名高いお寺です。創建約1200年のこの名刹で、毎月、弘法市といわれる露店市(縁日)が開催されるとか !? 私の母国の中国では、お寺は畏怖の念を抱く存在。境内に露店が並ぶなんて考えられません。真相を確かめるべく、いざ現地へ!
「弘法市(こうぼういち)」とは、弘法大師(こうぼうたいし)の命日にちなんだ縁日のこと。なんと1239年から毎月続いているとか。縁日とは本来、露店市のことではなく、神仏がこの世と縁を持つ日という意味。この日にお参りすると御利益があると言われていたので自然と参拝客が多くなり、次第に屋台の数が増えていったそうですよ。そして今日、12月21日は今年最後の「終い弘法」。阪急大宮駅に着くと、バスターミナルに30名を超える人が並んでいて、まるでお祭りのよう。満員のバスの中、隣に立つ60歳くらいの女性に「混んでいますね」と話しかけると、「弘法さんの日やから、仕方ないわ」という返事。どうやら地元では「弘法さん」の愛称で親しまれているようです。「師走の弘法さんは、いつも以上に混んだはるわ」。その言葉の通り、境内に入ると熱気たっぷりです。黒山の人だかりの中、カラフルな暖簾がお祭りムードを盛り上げます。
今日乗った市バスは片道220円でしたが、中国ではどこへ行くのも一律1元(約15円)。
中でも、私の故郷の大連(だいれん)はとくにバス網が発達しており、日本の通勤電車のように3分に1本くらいの頻度で運行します。だから大連には、自転車に乗れない人が多いんです。
かくいう私も、自転車大国・中国育ちなのに、実は乗れません(笑)。
境内には1100軒を超える露店が所狭しと並んでいます。京漬物や明太子、キムチなどの食品があり、植木や骨董、古着もあり。かと思えば、小銭で買える饅頭から一本物の荒巻鮭まで揃い、とにかくバラエティ豊か。さすがに今日は終い弘法とあって、数の子や黒豆、干支の置物など正月らしい素材も見られます。海産物のお店では男性の店主が野太い声で「結構毛だらけ猫灰だらけ~」、「安いよ、安いよ、こんな山盛りでたったの1000円!」などと口上を述べ、周囲は活気に満ちています。時折、みたらし団子の焦がし醤油の香りが漂ってきて、大連の屋台料理「(メンズィ)」を思い出しました。鉄板で焼いた熱々のデンプンにゴマとニンニクのタレがかかって、とてもおいしいんですよ。私はここが世界遺産のお寺の中だということをすっかり忘れ、試食をしたり写真を撮ったり観光客のドイツ人に話しかけたりと、年の瀬の弘法さんをたっぷり満喫しました。
終い弘法には正月向けの海産物が陳列されていましたが、大連でも春節(しゅんせつ=旧正月)に魚を食べる習慣があるんですよ。それは、中国語で「魚」の発音が「余」と同じであることに由来します。「余」は「余裕のある生活が送れますように」という意味。日本のお節料理と同じように、その年の幸せを願っていただきます。
弘法市を十分に楽しんだ後、阪急大宮駅近くにある牛肉料理専門店へ。京都初の牛肉屋さんとして1869年に創業して以来、自社生産の京都肉(きょうとにく)をはじめ、全国で選りすぐりの牛肉を扱っているお店です。今日は、日本独特の肉鍋「すき焼き」を注文。これは薄切りの牛肉を浅い鉄鍋で焼いて、砂糖と醤油で味付けした料理です。私は今までに何回か食べたことがありますが、和室で着物姿の女性にサービスしてもらうのは今日が初めて。このお店では高級肉を熟成させ、一番おいしいタイミングで提供するんですって。しかも、ほとんどがA5、A4等級のお肉だとか。期待に胸を膨らませ、「いただきまーす」とパクリ。…え!? 噛んでいないのに、お肉が口の中で溶けてしまいます。なんて柔らかいんでしょう!口の中から肉が消え、甘辛い味だけが残るという初めての体験に、感動しっぱなしの私でした。
住所:京都市中京区猪熊通四条上る錦猪熊町521番地2F
電話:075-842-0298
営業時間:【月~金】
11:30~15:00(LO14:00)、
17:00~22:00(LO22:00)、
【土日祝】11:30~23:00(LO昼15:00、夜21:00)
定休日:不定休(12/31、1/1は休み)
大連には日系企業が多いので、日本料理店もたくさんあります。
たこ焼き屋さんもあるのですが、驚いたことに、唐辛子ソースと海鮮ソースの2種類から選ぶんですよ。本場の味を知る私には、とても残念な味 (-д-;)。とうとう日本からたこ焼き器とソースとマヨネーズを持ち帰り、帰省のたびに手作りするようになりました(笑)。
日本には「畏怖の念」という言葉がありますが、中国人にとってお寺はそのような存在です。恐怖心と敬意を持って訪れる厳かな場所。だから私は、お寺で露店市をやると聞いた時、自分の耳を疑いました。でも、実際に弘法市を体験して、初めて分かったことがあります。日本人にとってお寺は、雲の上の遠い存在ではなく、誰もが親しみを持って訪れることのできる場所なのだと。地元の方が「弘法さん」と親しみを持って呼ぶ姿を、微笑ましく思います。
韓 一瑾(かん いっきん)
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